アラフォーぎりぎり婚活日記

バツイチ・アラフォー女、国際結婚をめざして婚活に励みます!

一つの言葉が、人を殺すことになる恐ろしさ

私の妹は自死で命を絶ちました。従兄弟もそうでした。

そのきっかけは、言葉でした。

 

従兄弟は、父親と共に仕事をしていて、仕事上のトラブルの最中に「おまえは帰れ!」と吐き捨てた言葉で、彼は首をつって命を絶ちました。

 

私の妹の場合、彼女から執拗な電話に辟易としていた母と私は、しばらく電話の電源を切っておいたがために、彼女は家族から見捨てられたと感じ、マンションから飛び降りました。

 

いずれも、一つの言葉、一つの行動がきっかけです。

 

息子をなくした叔父の心痛は相当なものでした。

今もまだ癒えていません。

「俺があいつを殺したんだ。」と、贖罪の毎日を過ごしています。

 

私はそんな叔父をみていて、同情する気持ちと、こうなりたくないという気持ちが同居しています。

 

私も妹を殺してしまったのだと思う反面、やはり冷たい人間なのでしょうか。

それでずっとうつむいたままの毎日を過ごすなんて、私にはできません。

妹の棺の前で私はこう啖呵をきりました。

「私が死ぬときは、笑って死ぬから。」と。

そうやって、自分を肯定していかないと、私自身が潰れそうだとわかっていたから、悲観的な考えはシャットアウトしてきました。

 

しかし、やはり何か人生というものは、カルマというものが関係しているのでしょうか。

きっと向き合わねばならないことは、必ず再びやってくるものですね。

私が前回出演した芝居の中で、まさしく自分ことを投影しているようなシーンが出てきたのです。

障がい者の兄に「お兄ちゃんなんて、いらん!」と吐き捨てた妹の言葉。

それを境にその兄は食を絶ち、自死するというシーンがありました。

 

私はそのシーンの稽古のたび、胸をえぐられる思いがしていました。

とても言葉では言い表せない心境で、3か月過ごしてきました。

きっと神様が再び、妹の死のことを私に思い知らさせるために、こういう境遇に私を置いたのかもしれません。

もっと贖罪の思いをもてと・・・。

 

まさに言葉は諸刃の剣。

殺してしまう恐ろしさをはらんでいます。

その反面、命につなげる救いの言葉もあります。

どちらも人の口から出る言葉。

 

言葉を扱う仕事をしている私にとって、今一度「言葉」というものを見つめ直したいと思う今日この頃です。